2018年5月15日
Lamp 8thアルバム『彼女の時計』リリース



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生い立ちからバンド結成、
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曲を作るにあたって
芸術は、ある知識を受け手に対して問うものではありません。

例えば、
■〈造詣〉という漢字を〈ぞうけい〉と読む事を「知っていた(知らなかった)」。
という場合の「知っていた(知らなかった)」は、単純に漢字の読み方を「知っていた(知らなかった)」という知識の問題です。

しかし、例えば、
■音のこのような響きを「「知っていた(知らなかった)」。
ちょっと変な日本語ですが、この場合は上のような知識の問題ではありません。


芸術と呼ばれるものは、受け手が知識としてそれを知らなくても、つまり、受け手の経験にないものでも、それを感じ、認識、そして処理できてしまうものなのです。
そこで気になるのは、その初めて感じた音の響きを「今まで知らなかったのに認識・処理できた」というところですね。
自分の中で何かしらの処理をしている。
それは過去のもの(経験など)に結び付けて処理しているのだと思いますが、どうでしょうか。

逆に作り手から見れば、「(自分も含めた)受け手が感じることが出来ないものは作ることが出来ない」ということがいえると思います。


この話しに結論はありませんが、こうして考えていくと自ずと選択すべき道が開けてくるような気がします。
| song writing | 23:13 | - | - |
作曲とは
「可能性を埋めていく作業」だと感じる。消去法のような。

人の創造物は全て人の「知」の中にあると思う。

「未知」について人は考える(認識する)ことが出来ないから。


「知」を〈知りうる全て〉と考え、
「存知」を〈個人の知識〉と考えるならば、

「知」を様々な「存知」で埋めていく作業である気がする。

「知」=〈知りうる全て〉とは、つまり、〈認識しうる全て〉と捉えたい。


飛躍するが、そう考えていくと、時代の流れを意識するということがすごくナンセンスな気がしてならない。

眠いので、これについてはまた明日にでも考えてみたいと思います。
飛躍したところについてもまたいつか。

| song writing | 03:42 | - | - |
作曲感覚を磨くための良アーティスト・良盤紹介コーナー
えらそうなタイトルを打ちましたが、今回は自分を棚に上げまして、いい曲を作りたい人のために良心的なコーナーを設けてみました。
ただ単に自分が書いてみたいという欲求を満たすためでもあるのですが。

前書き
「いい曲を作るにはどうすればよいか」と日々考え、これからもそれを考えていくであろう発展途上の僕が、「これから曲を作ってみたい」というレベルは一応超えたという人のために、「これは聴いといたほうがいいよ」という作曲力アップ志望者必読(えらそうにすいません)の良アーティスト、さらには良盤を独断と偏見を持ってここに紹介します。


「曲を作りたい」、その一心でギターを始め、初めてギターを弾きAコードとDコードを知ったその日に、とりあえずその2コードで曲を作ってみたという、作曲に対する意気込みはその頃からずっと変わっていません。
CD等を購入するときは、もちろん単純に自分がそれをいいと思うであろうその期待値が大きいものを買ったりするのですが、具体的に、とにかくいい曲が入っているか、自分の作曲活動に役に立つか(つまらないものではないか)ということが重要だったりします。今までそのアンテナだけは張ってきました。
志を共にする者ならどうしてもこのアーティストだけは通っておこうというのを紹介しようと、そういう企画でございます。

過去の記事と内容が重なってしまうので、僕のブログを読破している人には少々退屈ですが、どうかお付き合いください。


本編に入る前に、まずいくつか言っておかなければならないことがあります。
まず、良アーティスト、良盤は僕の「感覚」で選びます。ので、理論的・技術的な根拠に基づいているものでもありません。いつものことですが、なんら具体的なことは言いません(具体的にどうなのと言われても、僕が答えられないということもあるんですが)。
また、当たり前ですが、僕の知っている範囲でしか紹介できません。
また、いい曲を作るにはいい音楽をひたすら聴くことが重要だと思いますが、それだけではどうにもなりません(それでも、いい音楽を聴くことはいい曲を作るためにとても重要なことだと考えます)。逆に、理論や技術に凝り固まっていても、やはり、いい曲を作り続けることは難しいと思われます。
さらに、「良い・悪い」という価値は人それぞれ違うので、出来る限り客観的にそれらの言葉を使いますが、絶対ではありませんので。
さらにいうと、これから紹介するものが、レベルとして全ての読者向けとは思えません。
最後に、無から創造できる自信のある人は、いい音楽を聴くように心がける必要はないということですので、この記事を読む必要はまったくありません。


このコーナーの趣旨は、よりハイレベルな曲を作るための「感覚」を磨こうというものです。それともう一つ、僕が普段何を考えているかというのを垣間見てもらえたらというのもあるかもないかも知れません。
上に「作曲力アップ」と書きましたが、作曲力とは何か、まずそこから考えていきましょう。

大抵の人はギターやピアノなど、コードが抑えやすく口が自由になる楽器で曲を作っていると思いますが、その時にどうやって作るかは人それぞれだと思います。鼻歌や作った歌詞を歌いながらコードを探したり、好きなコード進行からメロディを作ったり。
で、その時に全部理論で組み立てていく人はあまりいないと思います。そういう人でもどこかに必ず自分の感覚が入ると思います。次の音は、上がるか下がるか同じ音か、どれくらいで切るか、伸ばすか。または休むか。
ものすごく大変ですが、ある程度の(人並みな)音感と楽器さえあれば、感覚のみで曲は作れると思います。どういう風にやるかというと、全て試していけばいいんですね。ありとあらゆる可能性を。数学で確率の勉強をしたときに「場合の数」というのを習ったと思います。起こりうる全ての場合について考えて、実践していけばいいんです。そんなオーヴァーなものではないにしても、大体そんな感じです。また、迷路でゴールにたどり着く方法、右手(もしくは左手)を壁につけたまま進むんです。たとえが悪いですが、やる作業はおよそそんな感じです。
初めて曲を作ろうという人がこの方法をとっても、なかなか思ったようなものは出来ないのが現実だと思います。が、専門的でない音楽分野では、ある程度の基礎的な知識と楽器を弾く技術があれば、あとは感覚がものをいいます。そのはずです。
つまり、作曲力とは大部分が技術や知識や理論ではなく、「感覚」であると、そう言いたいのであります。


ここで少し話しがそれますが、以前読んだ本で、ママレイド・ラグという日本のバンドのボーカルの方が、「どんなに頑張って作っても理論から抜け出ることは出来ない」とおよそこのような内容のことを言っていました。うろ覚えです。
人は自分のオリジナリティを求めて、一生懸命、人とは違う今までにない新しいものを作ろうと頑張るのですが、新しいと信じて作った曲も自分が理論として知らなかっただけで、実は理論で説明できてしまうということを言っていたんだと思います。それがどんなに複雑でも。
悲しいですが、現実だと思います。だからと言って、誰もやってことないことが完全にないわけではありません。ただ、僕の場合、ここでニヒリズム的感覚に陥ることが多々あります。新しいことをやっても「意味がない」と。何もかも「意味がない」と。まあそれを言うと話しが逸れてしまうのでここではやめておきます。
話を元に戻して、ここでもう一度考えなければいけないのは、自分が新しいと思ってやったことが理論で説明できても、それは何のマイナス要素でもないということ、そしてもう一つ、《誰も作ったことがない音楽=良い音楽》か、ということです。
誰かがその音楽を欲するならば、それは何れ作られるでしょう(もしスプーンがこの世に発明されていなかったら、誰かがスプーンのようなものを発明するのと同じように)。
「新しさ」と「良さ」の共存を果たすのは至難の業です。
良いものは大抵すでに誰かがやっているものですもんね。

ちなみに、ママレイド・ラグはアルバム等をちゃんと聴いたことはないのですが、ボーカルの方はシンガー、プレイヤー、ソングライターとしてとても優秀なアーティストであると思いますし、また、話している内容から、とても賢明な方だと思います。
たしか、僕と同じ年です。

しかし、僕の価値観で話を進めると物事を一面的にしか捉えられていないまま、どんどん進んでしまいますね。まあしかたないですけど。続けます。


色々と言ってきましたが、いよいよ本編に入ります。

まず、繰り返しになりますが、単純にいい曲が作りたい人はいい曲をたくさん聴いてください。より多くの素晴らしい旋律と和音の流れを身体に沁みこませましょう。僕もそうします。さらに知識・技術を磨けばより良いものが出来ることは言うまでもないでしょう。ともに頑張りましょう。
これも繰り返しになりますが、ここに書くことは僕が勝手に思っていることですので、かなり独りよがりな意見です。信用するかどうかは読んでいる方に任せます。



本編
.咫璽肇襯
これから自分でどんどん曲を作っていこうと考えているビートルズ未聴の若い方々、多少お金がかかりますが、手始めに、ビートルズ全オリジナルアルバムを聴いてください(まあ『Yellow Sabmarine』は後回しでも良いです)。せめて、赤盤と青盤(ベスト盤です)を聴いてください。これを聴かないとすごく回り道します。というか、聴くと近道です。
ビートルズから音楽に入る人もけっこういますね。永井もそうです。
作曲の基本が詰まっていますし、おそらく聴き始めたら、自分の作曲力アップを忘れて聴き惚れると思います。作曲以外の色んなことも彼らから学べることと思います。
ビートルズには作曲の基本が詰まっていると書きましたが、もちろん基礎理論を無視したようなジョン・レノンの素晴らしいアイディア(と才能)に感銘を受けることと思います。

ビートルズがどんなことをやったか理論的にだいたいわかる(わかった)人や、このレベルのものならギターやピアノでだいたい弾けるようになった人は、他のものに寄り道しつつ(寄り道はとても重要です)、時期が来たなと思ったら、以下のアーティストを是非聴いてみて下さい。作曲という面で考えて、素晴らしすぎるアーティストたちを選びました。


▲汽ぅ皀鵝ガーファンクル
サイモン&ガーファンクルは、ポール・サイモンが作曲をやっています。初期はわりとフォーク・ソングの枠の中で曲が作られているのですが、1968年の『Bookends』や1970年の『Bridge Over Troubled Water』などに収録されている「Overs」や「So Long, Frank Lloyd Wright」なんかはものすごいです。


Simon & Garfunkel 『Bookends』1968年


ビーチ・ボーイズ
やはりその凄さを目の当たりに出来るのは1966年の『Pet Sounds』でしょう。作曲という面から見ても、確実にほかのアーティストにはない、(それがなんだかはっきりわかりませんが)とても異質な表現を感じ取ることが出来ることと思います。ブライアン・ウィルソンはジョン・レノンに比べてとても繊細な耳の持ち主なんだと思います。音楽的な感覚に優れているというか、より専門的な感覚を持っているというか。ブライアンの感じていたもの・表現したものを聴いて盗みとってみてください。


The Beach Boys 『Pet Sounds』1966年


ぅ肇奪鼻Ε薀鵐哀譽
鍵盤で作ったようなバラードは、ブライアン・ウィルソンにとても近いものを感じます。鍵盤で作る人に特に聴いてほしいアーティストかもしれません。必聴盤は1971年の『Runt. The Ballad Of Todd Rundgren』と1972年の『Something/Anything?』です。


Todd Rundgren 『Runt. The Ballad Of Todd Rundgren』1971年

僕の勘ですが、鍵盤で曲を作る場合、ベース音を工夫してみるといいと思います。そうするだけでだいぶ違って聞こえると思います。知っているコードが勝手に不思議なテンションコードに早変わりします。ブライアン・ウィルソンやトッド・ラングレンの曲が独特の雰囲気を持って聴こえるのは、ここが重要な要素になっているのではないでしょうか。


ゥ好謄ーヴィー・ワンダー
ソウル・ミュージックはそれなりに聴くのですが、正直、作曲という面であまり面白いことをやっている人は多くないです。多分、同じ音楽でも重きを置く場所が違うんだと思います。
例えば、僕の好きなマーヴィン・ゲイ、リロイ・ハトソン、リオン・ウェアなど、他にもたくさんいますが、けっこうみんなやっていることが似ています。それでも、それらはひたすら心地いい音楽なので聴くという意味では充分なのですが、いったん曲が始まれば、終わりまで予想できるような曲がほとんどだといって間違いないでしょう。
そんな中、スティーヴィー・ワンダーは凄いです。凝ったコード進行、複雑な展開が好きな人にスティーヴィー・ワンダー・ファンはけっこう多いと思います。
聴いたことない人はベストでもいいと思います。どこを切ってもスティーヴィーなので、是非聴いてみてください。オリジナル・アルバムでお薦めは1972年の『Music Of My Mind』です。


Stevie Wonder 『Music Of My Mind』1972年


Ε▲鵐肇縫・カルロス・ジョビン
前にも書きましたが、ジョビンの作る曲はあまりメロディに起伏がありません。
「One Note Samba」というジョビンの曲がありますが、その曲に代表されるようにあまり音程を変えないのが特徴です。つまり、主旋律の音程を保っておいて、周りの和音を変えていくという方法で聴かせていくんですね。もちろんそうでない曲もけっこうありますが、僕はそこがジョビンを聴く醍醐味だと思っています。また、ボサノヴァ(ブラジルで生まれた音楽)は、曲のアプローチの仕方が、一般的なロックやポップスと大きく異なるので、そういう意味でもジョビンを聴いてみるといいと思います。ちなみにボサノヴァについては以前当ブログに少々書いたことがありますので、こちらを併せて読んでみてください。


Дエターノ・ヴェローゾ
カエターノ・ヴェローゾの作る音楽はジョビンに比べて、メロディの起伏がけっこう多いと思います。
ビートルズを聴いていた人がいきなり、カエターノを聴いたら、複雑な音楽と感じるのは間違いないですが、おそらくブラジルではこのくらいの複雑さがノーマルなんだと思います。ただ、カエターノは一番美しいところを持ってくる技術というか感覚がものすごく優れていると感じます。もちろんそんなの立証できませんが。
また、カエターノは経過音のように入れるテンションの音などの芸も細かいので、よく聴いてみてください。もしできれば好きな曲をコピーしてみて下さい。


┘ぅ凜.鵝Ε螢鵐
締めはこの人にします。とにかくどうやって作っているのかわからない。この感覚は自然なのか、意識的なのか。すごく知りたいです。お薦めは1977年の『Somos Todos Iguais Nesta Noite』です。


Ivan Lins 『Somos Todos Iguais Nesta Noite』1977年


と、長々と書いてきましたが、もちろん、ここに挙げなかったものでもためになるアーティストはいっぱいいますでしょうし、聴いてためにならないものなんてないと思います。時間と気力があれば、様々なアーティストを曲単位で紹介したいのですが。
ただ、ここに挙げたものはものすごくためになると思います。
ここに挙げた人たちには、シンパシーを感じるんですね。音楽から感じているもの(それは一部かもしれません)が、同じであると。


同じ音楽をやっている人間でも大きく分けると2種類のタイプに分かれると思います。
一方は、(人のことなので正確に言えているかわからないのですが)とにかくライブで演奏しているその瞬間が最高でそのために音楽やっている人。もう一方は、部屋にこもって曲を作ったり録音物を作ったりすることが最高に楽しいという人。
おそらく前者にはこの記事自体何を言いたいのかよくわからないという人も多いと思います。すいません。ただ後者のような人種もいるということを理解していただければ幸いです。

最近衰退気味(?)の後者の人たちが世間を我物顔に闊歩できるような風が吹くと良いですね。
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